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死のイメージ

僕は、知っている人が死んでも、悲しいと思わないことがある。

 

自分では、自分のことを、それほど薄情な人間だとは思っていない(薄情なのかもしれないけど、それは自分ではわからない)。

 

それでも、人の死を悲しいと思わないのは、第一にその人が死んだと認識できていないからだと思う。

今まで普通に存在していた人、世間話をしていたような人、一緒にご飯を食べていたような人、こういった人がもうこの世には存在していないということを実感として理解することができていないのだろうと思う。

要するに、子どもと同じだ。

 

第二の理由は、死によって、さらにその人と身近になったように思っているからだと思う。

僕は、綺麗な建物やお花畑の中で、素敵な音楽が流れているような、絵に描いたような天国のイメージで、死後の世界を考えることができない。

でも、何かわからないけど、何らかの「死後のあり方」みたいなものはあるんじゃないかと思っている。そして、それは、自他の区別がなくなった、というよりも自他の区別を超越したようなものなんじゃないかと思っている。

だから、僕の中には、死というのは、むしろ肉体という壁が取り除かれた一種の理想状態のように考えているところがある。

 

こういった死の理解は、甘いのかもしれない。

幸い、僕の身近に、何年も病と闘って命を終えた人や治療に苦しんで命を全うした人はいない。こういった苦しみを抱えた人を身近に看取った人は、もっと死や死後のイメージはリアルなものだろうと思う。

 

結局のところ、やはり、僕は人の死に関して未熟なんだと思う。

 

僕の考える死は、所詮、人から聴いた死、本で読んだ死でしかない。

この先、年齢を経るに従って、より多くの死を経験することになるだろうけど、その中で死に対する僕のイメージは変わっていくだろうと思う。

 

そして、その最期に、自分自身の死に直面した時に、僕はどう思うのか?

それは、今の自分には、とても想像はできない。