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sugimoto_t weblog

思ったこと、書きたいことを、ちょこちょこと書いていきます。

私の音楽遍歴

幼稚園の頃、YMOと出会い・・・

 

大学に入って、コーネリアスにハマり・・・

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40代の今、METAFIVEを聴いている。

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要するに、40年間、変化なしということ。

 

マルクス・アウレリウスがしみる

最近、あのマティス国防長官も愛読しているというマルクス・アウレリウス『自省録』だ。

 

君がまわり道しいしい到達しようと希っていることは、これを自ら自分に拒みさえしなければ、どれでも今すぐに手に入れられるのだよ。それには全過去を打捨て、未来を摂理に委ね、ただ現在のみを敬虔と正義の方向へと向ければよいのだ。

マルクス・アウレリウス神谷美恵子訳『自省録』(岩波文庫、2007年)第12巻1

 

自分を悩ます問題の多くは、外からやって来る。自分が原因の問題であれば、それなりに覚悟もしているけど、外から唐突やって来る問題にはこちらも準備していないので、衝撃が大きい。

 

また、その問題が上手い具合に片付いてくれればいいけど、片付くどころかますます悪化し、最後にはその責任まで負わされることも珍しくない。

 

でも、それに頭を抱えていても、意味はない。

だって、よそから勝手にやって来るトラブルだから、こちらだって避けようがない。

 

だから、必要以上に未来を心配しない。今やるべきことをやって、あとは天に任せる。それしかない。

 

・・・なんてことを書いているということは、まさに今そういう状態だということなんだよね。

 

ブラック企業を判断する基準

大学生と話をしていると、いわゆるブラック企業について、たずねられることがよくある。

 

どのような会社がブラック企業なのか。

その判断基準はいろいろあると思うけど、僕はこう考えている。

「宗教や精神修養団体で、会社の正式な社員研修を行っている企業は注意した方がいい。」

 

企業というのはあくまでもゲゼルシャフトであって、社員の内面に介入するようなことがあってはならない。

宗教というものは、当然ながら、人間の内面に直接的に作用を及ぼす。

ある会社が正式な社員研修を宗教やその施設で行うとする。正式な社員研修ということは、その研修への参加は社命・公務になるため、従業員はそれを拒否することができない。つまり、企業が宗教施設などで社員研修を行うことは、絶対的な領域であるべき個人の内面に企業が強引に介入する危険性をはらんでいることになる。

こういった危険性に対する意識が欠如しているとすれば、やはりその会社はブラック企業である可能性が高いと思う。

 

そもそも、この類いの研修を行っている企業の経営者のうち、自分もそれに参加している人たちはどのくらいいるのだろうか。経営者は空調の効いた部屋で過ごして、社員だけに滝行をさせているような企業もかなり存在しているのではないか。

 

自分のことを棚に上げて、部下や従業員を鍛え直すことばかり考えているような経営者や幹部社員が、僕の周りにもいる。

やたらと部下のマナー知らずを責めているが、他のお客さんもいるイベントの中で大きな声で部下を叱責し、「飛ばすぞ」などと脅しているその上司の方がよほど不快で、マナー違反だ。

 

精神修養が必要なのは、新入社員ではなく、より重い責任を負っている幹部や経営者、指導者たちのはずだ。

にもかかわらず、部下にばかり厳しい研修を課しているような企業があるとすれば、そのような会社が風通しのよい会社であるはずがない。

少なくとも、僕は自分の学生たちにそのような企業は決してすすめない。